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夜想曲(一話) 麻衣と亜依

 十年ほど遡る。
 その頃、甲田麻衣(こうだまい)は二十歳になったばかり。妹の
亜依(あい)は十六歳になったばかりで高一だった。
 麻衣は音大生で、進学で親元を出て、しかし私鉄の駅で五つほど
と、それほど遠くないところにアパートを借りていた。そしてその
同じ駅に妹の通う女子高校があったのだった。

 麻衣は恋に破れていた。八つ歳の違う彼。付き合いだしたのは、
麻衣が十九になる前だった。この頃までの麻衣は、若い娘が漠然と
ナイトに憧れるように強い男が好きだった。彼は強い。大人だった。
スポーツマンで体も強く、心が強い。しかし若い頃の男の強さには
キツさが同居する。有能であり、論理的に切り捨てていく彼が怖く
なる。私じゃなくてもいいんじゃない。そう思いはじめたとたん、
表現法を間違えて拗ねてみたり怒ってみたり。
 強くて使える男は得てして論理的であり、修復しようとすればす
るほど方眼紙の上の会話になっていく。目指すポイントはここだと
逃げ場もなく指定されると、麻衣には説得しようとしていると思え
てくる。
 感情が逆立って、ポイントのぼやけたストライクゾーンを突きつ
けて、それがまた溝を拡げていったのだった。

「もういい、ジ・エンド」

 捨てられた。そのときになってしまったと思っても、相手は論理
的に人格までも分析し、その上で出した別れというアンサー。覆る
ものではない。
 落ち込んだし、自分の馬鹿さ加減がイヤになって自暴自棄になり
かけた。
 そのときに救ってくれたのが妹の亜依だった。高校のある街に姉
のアパートはある。ほとんど毎日顔を見せ、そのうちには泊まって
いくようになる。実の姉妹なのだからノープロブレム。部屋で着替
えて風呂にも入り、いまさらながら裸を見せ合い仲良くなった。全
裸で抱き合い、性的な夢を見て眠りについた。

 それからの麻衣は、もちろん恋もしたし性遍歴も重ねていた。
 亜依だって男を知って女になった。
 それでも姉妹のベッドは途切れない。麻衣も亜依も男に抱かれる
よりも深く達した。若い男のセックスは自分本位で白いものを飛ば
しておしまい。
 女同士でしかも姉妹。互いを思いやってやさしくなれる。麻衣は
ちょっとキツい性格。けれども亜依はやさしい娘。妹の女らしさに
憧れるような気にもなって、だから麻衣はやさしくなれた。

 二十歳の失恋からの麻衣の恋は揺れていた。強い男が怖くなって
弱いのを選んでみるが満たされない。それでまた強いタイプに憧れ
ると、捨てられた二十歳の頃を思い出す。
 強いけれど弱いヤツ。それはやさしさとは違うもの。強さに委ね、
しかし母性の騒ぐ弱さも欲しい。そうは思うが都合よくそんな男が
いるはずもなく、ハンパなところで妥協して結局別れてしまうのだ
った。
 麻衣が二十八になり、篠田将史(まさふみ)と知り合った。麻衣
はピアノを弾く。音大を出てから演奏者としても弾いて来たし、街
の音楽教室で子供たちに教えたりもした。

 知り合いの口ききでライブハウス。女性ボーカルグループのバッ
クバンドでピアノに向かう。そのときお客として聴いていたのが将
史だった。四つ下の二十四歳。大学から金属加工メーカーに勤め、
営業マンをやっていた。
 この頃の麻衣は二十八歳。大人の女としてのゆとりもできる年齢
だ。将史はとにかく可愛いタイプ。背丈も百七十と男としては低い
方だし、細身で小柄。目のぱっちりした女の子みたいな男の子。将
史は黒いドレスでピアノに向かう大人の麻衣に一目惚れ。涙ぐまし
いアタックが可愛く思えて付き合った。男が強いとか弱いとかは考
えない。将史は無条件に弱いタイプ。母性が素直に騒ぎだし、安心
して付き合える彼だった。
 一年ほどして結婚した。麻衣二十九、将史二十五。妹の亜依もお
気に入りで、反対したのは向こうの親ぐらいのもの。四つの歳の差
を向こうの母親が気に入らない。ママにすれば可愛いボクちゃん。
まるでおばさんにさらわれたようなことを言う。

 新居はマンション。2LDKの賃貸だったが、申し分のない幸せ
なスタートだった。彼は若い。麻衣は週末に演奏の仕事を入れて暮
らしに役立てようと考えた。平日はスクールで講師を務め、月に数
日は土日に家を空けていた。
 愕然とする知らせを聞いたのは、いまから三月前。結婚から半年
が過ぎようとする頃だった。
「ほらね」
 仲の良い友人のスマホの画面に声をなくした。将史と亜依が仲良
く寄り添ってラブホに入って行くところ。亜依はランジェリーメー
カーのOLとなっていて、二人は土日が休みでリズムが合う。
 そしてまた腹が立ったのは、そのラブホに見覚えがあったから。
 渋谷。結婚してからさすがに新居でというわけにもいかず姉妹で
通った場所だった。亜依はまだ独身。姉の性技をこよなく愛する仔
猫だった。

 考えてみれば二人は同い年。若い方がいいんだわ。
 私はキツいし、あの子はやさしい。やさしい女がいいんだわ。
 だけどいつから? いつから不倫していたの?
 どっちが誘ってそうなった?

 将史と出会ってすぐに亜依にも会わせていた。心に雲がひろがっ
た。黒雲はやがて雷鳴を轟かせて叩きつける雨を降らせる。
 許せない。落胆は嫉妬に変わり、麻衣は怒りに震えていた。


 このところ麻衣は職場に嫌なものを感じていた。演奏者としてで
はなくピアノ講師としての日常にである。麻衣は三十。この歳にな
るとずっと一緒だった仲間たちも結婚して辞めていき、後から後か
ら押し出されるようにやってくる若い子と、それとは逆に、麻衣が
新人だった頃に辞めていった先輩たちの何人かが子供から手が離れ
てパートで復職。麻衣と同年代の中間層がいなくなってしまう。
 ピアノはキャリアがあるから巧いとは言えないもの。若くても天
才肌はいるし、古いところからは、あなたさえいなくなればシフト
が有利になるのにね、と虐められたりする。
 そしてその両者が仲が良い。下から見れば、結婚していても子供
のいないうちは女のライバルであり、ママになると意識しなくて付
き合いやすい。上からだと、若いところに嫌われると大変とばかり
に妙に歩み寄ったりする。
 結婚に諸手をあげて成功と言える女は少ない。楽しかったのは新
婚当初だけ。いまそこに立つ麻衣は、下からなら羨望だろうし、上
からなら、いまだけよと言った妬み嫉みの的となる。

 それでなくても不機嫌な麻衣のところへ夫の不倫がもたらされ、
それでも三月ほどは耐えていたが、あるとき、自分だけが不幸なよ
うにも思えてきた。妹は可愛いし肉体関係も続いている。夫には、
考えてみれば最初から男としての期待を込めずに結婚していた。弱
い将史は可愛いけれど物足りない。母性がちょっとでも薄まるよう
なことがあると、すがりついていられない弱さに苛立つようになる。
『ああ私はやっぱり強い男じゃないとダメなんだ』
 妥協した。いまさら気づいたところでどうにもならない。そんな
こんなが鬱積し、麻衣の中でなだれを打って何かが崩れはじめてい
た。

「知らないと思ってるの」

 友人からもらった三月前の画像をスマホに映して突きつけた。我
慢の限界。四面楚歌のストレスに、麻衣はついに腰を上げた。
「別れてあげてもいいのよ」
 二人を並べ、将史へは用意した言葉を言い、妹の亜依に対しては
無言を通す。顔も見ない。どっちから誘っただとか、そんなことは
どうでもよかった。
 夫婦愛と同性愛の両方を一度になくした。麻衣は憔悴を演じてい
た。妹にとっては男より私が大切。将史にとっては魔が差したよう
な火遊びよりも両方の実家に対する体面や、妻を裏切ったという呵
責が効く。冷静に見極めて計算し尽くした対応だった。
 二人揃って泣いてしまい、土下座をして謝った。
 麻衣の中に潜んでいたサディスチックな感情に火がついたのは、
このときだった。亜依は妹。徹底して憎むことなんてできないし、
将史はダメなところの可愛いヤツ。二人に対して母性さえ騒ぎ出せ
ば許せると麻衣は思う。

「謝って済むことかしら。少しは私の気持ちも考えて」
 大声はいらない。目薬がなくても泣けてしまう女の履歴に、麻衣
はちょっと可笑しくなった。
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