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夜想曲(二話) 自虐な麻衣

 どう言えばいいのかな。
 言えばわかってくれるのかしら。

 夫の浮気を知ったとき、本心を言えば、それほど腹が立ったわけ
 じゃない。
 ふーん、そうなんだ? 妹と? ふーん…みたいなね、
 すごく醒めた感情に支配されただけなんです。そしてそのとき、
 あらためて私は夫に期待していない自分を知った。

 二十歳だったあの頃の彼との破局が、私の本質にある女の軸の
 ようなものを折ってしまった。自信をなくしていたようです。
 男に突っ込みすぎると、そのうちきっと反動につぶされる。
 期待してはぐらかされるのは、もうたくさん。
 そんな思いから最後のところで期待しなくなっていく。

 女としてはあまりに寂しい冷め切った感情なのでしょう。
 そんなものよ女なんてとは思うけど、そのときだって決して
「私なんてそんなもの」とは思わない。
「女なんて」…女の同類項がたくさんいると思っていたい。

 自分に言い聞かせ、思い込ませているうちに、型に流され
 固まったセメントみたいに、私の意識ができてしまった。
 思春期が性欲を連れてくる。そのときから女って精液探しの
 言い訳に、恋や愛やと思っていたい女心がうるさく騒ぐ。
 恋のために着飾って、愛のためにそれを脱ぐのよ。

 嘘ばっかり。

 錯覚の中の結婚は生殖終了を節目に輝きを失って、
 枯れていくだけのもの。

 でも、そんなの嫌だ。私だって女です。
 一握りの愛情夫婦のいる国へ、私だって行ってみたい。
 けれど三十にもなると、そんな想いも萎んでいくのよ。
 ときどき会う友だちたちが、こぞって不倫談義に盛り上がる。
 そんなものだと思っていたから、将史のよそ見を知った
 ときだって、怒るより、ふーん…やっぱり、そんなものよね…。
 それぐらいの感想だった。

 だからそれほど怒ってなかった。失意を当然のこととして
 受け止めて、曖昧に沈黙する日々が続いていたんです。
 夫は謝り続けていた。妹なんて増してそうで、私とのエッチが
 なくなって、孤独の底で泣いてもがいていたんです。

 そんなあるとき、すがりつく妹に白けた視線で言ってやる。
「前みたいに抱いて欲しいなら、許せるまで奴隷にするわよ」

 どう出るか? うふふ…意地悪な目で見据えてやった。

「はい、お姉さま。お仕置きしてくださいませ。お姉さまに
 捨てられたくありません。心からごめんなさい、お姉さま」

 真っ白な綺麗なヌードで平伏すの。涙を流して平伏して
 私の足にキスしたわ。

 鍵盤を叩くようなフォルテシモ。私の中で何かがハジけた。
 不快なはずの不協和音が、説明できないハーモニーを
 聴かせてくれた。閉ざした心が開きかけ、そしたらそのとたん、
 将史に対する怒りが烈火のごとく火柱を上げて燃え立った。

 これだ! 妹も旦那も、性の奴隷にしてやろう!

 アップライトピアノ。音大を目指した中学の頃、父が買って
 くれたもの。弾き込むにつれて音が深まり、うつらうつら考え
 たいとき、気がつけば座っている。
 ショパンのノクターン第二番。目を閉じて鍵盤を愛撫する
 よう弾いてやる。
 夜想曲という言葉が好き。裸になって女となれる夜を想う。

 もしもいま椅子の下に将史がいるとして、その椅子には
 顔をはめ込むくぼみがあって、アイツの顔に裸の性器を
 載せている。お尻の穴まで舐めさせて、うっとりしながら
 ノクターン。このピアノ、そのときどんな音色で鳴るんだろう
 と思って弾くと、ノクターンが夜の風になっている。

 そのときアイツは欲情して勃起して、けれども射精なんて
 許さない。苦しくて苦しくて、悲しくて悲しくて、タンクに
 溜めた白いものをトロトロ垂らすの。
 ごめんなさい、どうか許して…。
 口や鼻を性器に塞がれ、窒息して死にそうで、泣いて
 泣いて許しを請うのよ。でもそのとき私は夜想曲の風に
 乗って星空を舞っている。

 気持よくイクなんて、誰が許すものですか!
 男としての死刑宣告。一生涯、射精禁止を言い渡す。
 女としての死刑宣告。一生涯、淫乱女を言いつける。
 将史と亜依。二人の奴隷たちに君臨する女王となるのよ。


 そんなものは妄想に過ぎなかった。復讐すると言い切れるほどの
憎しみもなかったし、そこまで残酷になりきれる自分だとも思わな
い。だいたい復讐と言っても、性的な関係をつないでいくとなると、
それが負の感情であったとしてもエネルギーがいるだろうし、そう
なればなったで維持していく精神力も必要だ。いまはそういうこと
から離れたい。しばらく冷やしてすべてはそれから。麻衣にとって
の沈黙はそういう意味でしかなかった。

 しかし将史は辛い。同じ家にいて会話がない。家庭内牢獄のよう
なもの。妹の亜依は、近くのマンションに独り暮らしをしていたが、
それまでしょっちゅう来てくれた愛の対象との関係がぷつりと切れ
た。姉妹としての好き嫌いではなくラブシーンの対象なのだから、
暮らしから愛が消えたに等しかった。一月ほどの疎遠が地獄のよう
な孤独に突き落とす。
 姉の無言は駆け引きじゃない。同じ女の亜依には気持ちがわかる。
心の停電。言葉が生まれず声さえ生成できない失意。そばにいてあ
げたいのに遠ざけたのは私自身という呵責の思いにつぶされそうに
なっていた。

 麻衣の中にサディズムの芽がぽつんと生まれた。固い土を割って
ちょこんと出て、小さな葉を二枚ひろげている。
 水をやって陽をあてることを躊躇った。いまならまだ踏み潰して
しまえばいいが、育てば妖木となって心が乗っ取られてしまいかね
ない。良識も理性もある麻衣に、それを育てる勇気は生まれなかっ
た。
 将史はともかくも亜依は妹。あのとき救ってくれたのも亜依だっ
たし、憎みきれるはずがない。囚人と愛人の間を行き来した感情が
ようやく少し愛人の側に傾きだして、その週の週末、麻衣は一月ぶ
りに妹の部屋を訪ねてみた。将史はそれきり放置。何をしていよう
がどうでもよかった。

 顔を見るなり涙を浮かべる妹に、麻衣の中の小さなSの芽が小さ
な葉を震わせながら、ほんの少し背丈を伸ばした。
「そこへ座りな」
「うん…はい」
 ベッドに腰掛けた足下に正座をする亜依。部屋着のミニスカが上
がって綺麗な腿が露わになった。
 上目がちにちょっとうつむく貌を見下ろし、眸を見据えて、麻衣
はほんのちょっと頬を叩いた。ごめんなさいと言うように亜依はこ
くりとうなずいて唇を噛んでいる。子供の頃にもこういうことはあ
った。四つ違うと高校生と小学生の関係が出来上がり、こうして座
らせて叱ったものだ。
 麻衣は百六十四センチ、亜依は少し低くて六十一センチ。いまで
も並ぶとわずかだが優位に立てる姉だった。

 亜依はMよ。何となくだがそうだと思う。考えてもみなかったこ
とだけに、妹を深く観ることに欠けていたと麻衣は思う。
「自分のしたことがわかってるわね」
「はい」
「心から悪かったと思う?」
「はい」
「妹なのよ、憎めないわ。あなたのこと愛してたのに」
 亜依はぽろぽろ泣き出して、嗚咽を漏らして泣き崩れた。
「可愛いのよ、わかってるでしょ?」
「ぅん、ごめんなさい、ぅっぅっ、うぅぅぅ」
「でもね、旦那を寝取られたというのは、ごめんなさいだけじゃ許
せないものよ。妹だからなおさらね」
 このとき麻衣は、亜依に対して、しばらく思い知らせる時間はあ
るにせよ、将史に対して共闘だと考えた。ダッグを成立させておか
ないと、逆に二人に共闘されてはたまらない。

「私には抱かれたくない? 男の方がいいの?」
「嫌ぁぁ、嫌ぁぁ、抱いてぇ!」
 身悶えして泣く亜依の姿が、小学生だった頃の姿に重なり、可愛
いと思うと同時に虐めてみたくなってくる。
 麻衣は妹の顎を指先で上げさせて、ちょっと厳しく眸を見つめた。
「じゃあね、謝りますって気持ちをカタチで見せて。許されるなら
どんなことでもできるでしょ」
「はい」
「いますぐお風呂で下の毛剃ってらっしゃい。許すまでツルツルに
してるのよ」
 亜依はうんうんとうなずいて立ち上がる。
「裸のまま、もう一度正座なさい」
「はい」

 可愛いわ。母性が騒ぎ出したと自覚したとたん、不倫のことなど
消し飛んで、麻衣の心は軽くなる。
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